「半島」 松浦寿輝
「半島」 文藝春秋
誤解を恐れず言うならばこの小説は冒険小説である。
退職したひとりの大学教師の巡る、ある半島での幻想的冒険譚。派手な波乱はここには無い。が、得体の知れぬ人物、老獪な人物、料理店を仕切る謎めいた妖艶なる中国女性、前衛的舞踏集団。そして殺人の回想。それらが、読む者を幻惑的に振り回す。
この作家は、生と死のはざまを行き来する人物を多く登場させる。短編集「あやめ 鰈 ひかがみ」の抜け出ることのできないそれら悪夢的現実の重苦しさに読後ぐったりさせられたが、この「半島」は他では味わったことの無い奇妙な期待感をもって読み進んだ数日間だった。
☆この「半島」。出口裕弘の作風に似ているのかもしれない。両者ともに東京大学出身でフランス文学者という共通もおもしろい。
なお、本体表紙絵に使われているのは、かのヴィルヘルム・ハンマースホイ。
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『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』 ウーヴェ・ティム
☆ 「カレーソーセージをめぐるレーナの物語」 河出書房新社
物語は終戦も間近い第二次大戦下のドイツ。
主人公であるレーナがひとりの軍人を匿うところから始まる。そしてそれはカレーソーセージというファストフードの誕生とそれをめぐるさまざまな人間の希望や裏切りが交錯する物語へ通じてゆく。
登場人物が場面ごとに語り手として代わる代わる登場し、視点も過去、現在と交錯するという、ともすれば読み手の混乱を招きかねない形式の小説だが映画のような場面転換によって混乱を回避し、先への興味をさらに高めるあたりは非常に巧みな構成だ。
久々に、目に見えるような物語世界に出会った充実の読後だった。
「ショコラ」や「ギルバート・グレイプ」のラッセ・ハルストレムあたりが映画化したらおもしろくなりそうな小説。
福鯨丸鮨店深夜の味わい。
チョコレートのエロティシズム
★ 『楽園・味覚・理性』 法政大学出版局
図譜としても楽しめるこの一冊の中、3点の刺激的な寝室絵画
の引用による注釈が印象的だ。
それは貴族階級のチョコレート朝食!おお!なんとベッドの中で
楽しむ朝のチョコレート!17~19世紀におけるチョコレートは
嗜好を越え何とも贅沢で優雅、かつエロティックな効果を期待する
ものだったという。
酒を飲む事、食べる事、嗜好品を味わうのが好きだ。大酒家、健啖ではないけれど。
それらが描く作品に反映されることもしばしばなので「食」を扱った本にも目を通す。そんな中の一冊がこれ。
中世世界の嗜好品、特にコーヒー、チョコレート、ビールそして煙草、阿片などの歴史と当時の在り方などが豊富な図版とともにわかりやすく解説されている。初めて書店で手にした時は学問的なアプローチよりは精緻な風俗画
肖像画、銅版画など、収録されている多彩な芸術色に惹かれて迷わず買い求めた。モチーフとなるのはその殆どがコーヒーハウスや居酒屋など人が集まる場所での飲食、喫煙のシーンで当時の悦楽的、退廃的な雰囲気にエロティシズムさえ感じ興奮したものだ(笑)
類書として同出版局より『中世の食生活 -断食と宴-』があるが、こちらは当時の調理師たちの実情、具体的な調理例や調理法などが興味深く読め、中世の食卓の光景に想像をめぐらせるのが楽しい。
★ デューク・オブ・ローガン (オールド・トム・ジン)
小体な店だが近所に和洋共に粒揃いの酒屋がある。
探してた1本が見つかった。
ロック、ストレートで飲むには甘いジンだが、暑い夏の午後などに
これでジンリッキー、ジンフィズをつくって一息に飲むとうまい。
この際は氷を多目にすると一層うまい。 (ジンフィズの場合、シロップは抜く)
★ キャンベル・クッキー (テディベア ショートブレッド)
イギリス、スコットランドのキャンベル社のクッキー。
添加物一切無しの素朴で質実、風味豊かなおいしいクッキー。
日本のお菓子は種類も豊富でしかも工夫を凝らされたおいしい
ものが多いが、外装が美麗なものがあまりない。
絵に食べ物を描き込むことが好きだが買うのも好きだ。特にパッケージの美しいお菓子は食べる目的より優先で買ってしまう。まあ、結果それらは味もとても良いのだが。先にも書いたが酒を飲むのも無論好きだがラベルの誘惑にも弱い。お菓子も酒もそのパッケージやラベル一枚で完結した物語のように感じる時がある。
以前山田氏に依頼してオリジナルラベルを制作してもらい2種類のチョコレートを個展で販売したことがあったが機会があればそのこともここで書いてみたいと思う。
★ デメルのチョコレート (ソリッドチョコ・猫ラベル)
宝石箱ならぬ「菓子箱」の王道のデメルのチョコレートは
その箱自体のコレクターがいるほど。
値段は高いが買う価値のある一品。
ミルク、スウィート、ヘーゼルナッツの3種があるが、ミルク
が特においしい。