ウミネコと夜の港



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夕暮れの小樽漁港より臨む海。
暗い眺めのなか思い出した。
幼い頃、父の仕事の関係上、漁港にはしばしば訪れた。
福島県小名浜漁港。
昭和50年代。
特に記憶のあるのがここなのだが、父が事務所に入り、ひとり残されるとあての無い散策が始まる。
とはいえ、ごく短いものだったが。
が、船舶の油が浮かび、発泡スチロールの破片が散り、トロ箱が漂い、、、と、見えるものに良い印象のものはなかった。
そして終いには「ここの夜はどんなに怖いだろう・・」
と思ったものだ。

思い出すもうひとつは、今は亡き友人Hと千葉の港。
九月最後の台風を買い込んだ焼き鳥とジンでやり過ごし、出かけた港はどこだったのだろうか。
(商港もしくは工業港といった感じだったのだが)
Hの愛車フォルクスワーゲン、柳鼠のビートルのフロントガラスが雨滴を弾き飛ばし着いた港。

夜明けに近い青渇色に沈む空の下、停泊する韓国船籍の船にひそり、と乗り込んだ。
愚かな20代は酔うとくだらないことを幾つもした。 小心ゆえちっぽけなことばかりなのだが。
無造作におろされたままの錆びの浮いた白い舷梯。
足音をしのばせデッキに上ると、やわらかな光のもれる船室の扉がすぐそこ、目の前にあった。
冷たい海の風に吹かれながら幻惑されるようにしばし呆然と佇んだ。
そして、どんな人生が中にあるのだろうと考えながら海に向かってした小便は潮風に吹きちぎられた。






3月15日 (火)

滑走路。離陸。
すさまじい馬力に身をゆだねる加速は、腹に幾重にも残響を留める大太鼓を感ずる気分にも似ている。
北海道。
大雪原ならぬ大雲原を抜けるともうそこは千歳市上空。
この歳にして初めて踏む地であることが感激だった。
街が、空港が、眼下に近づく。
この度の北海道旅行は今年11月の個展のため、画廊を訪ねるのが目的。
その画廊なのだが・・・。

難破船、遺棄船。
そんな錯覚すら覚える古色蒼然たる画廊は古民家を改装したものであって、そこに俺を含む3人は
現れぬ画廊主を待ち続けた。
約束日は今日。時間は定刻通り。
施錠もされていない玄関を入りすぐの部屋はカフェとなっており、カウンターにはコーヒーカップが凍てつき、底には茶色の
残滓が輪になっている。
吸いさしの煙草。小皿に残された菓子。ミルクピッチャーは固くへばりつく。
まるで「メアリー・セレスト号」だ。




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★ ギャラリー犬養

  3人は散り、庭、階上、など「船室」をさまよう、が、ひとの気配は無い。




「犬養氏」について話し合う我々のいる冷え切った暗い「カフェ」からは、溶けゆく残り雪が屋根からぽたりぽたりと滴るのが見える。
暗い屋内からはそれが見えるガラス窓だけテレビの画面のように明るい。
森閑。
電話、メールとも犬養氏からは応答なし・・・なし。
中井結さん。
今回の北海道は札幌「ギャラリー犬養」での個展をセッテインングしてくれたこの人以外俺もKも会ったこともない犬養氏とは
いったいどんなひとなのだろう。
まるで「ゴドーを待ちながら」だ。

謎はすべて謎のまま、我が画集と土産そして書き置きを残し、遺棄船ならぬ雪に埋もれた画廊をあとにした。

と、Kがいない。
振り向くと「待って~」と駆けてくるK。おお、なんだか芝居じみて出来過ぎなこの光景。

「ミルク&パフェ よつ葉ホワイトコージ 札幌パセオ店」に3人でゆく。
ここで今回世話になった中井さんと別れ、小樽へと向かう。
到着。
なだらかに下る広い道路の向こうに海がある。
倉庫街をぐるりと廻り、小樽漁港に着いたときにはすっかり暮れ、果てない海が静かに広がっている。
遠く遠く果てまで広がる暗い海だ。
近くには第一管区海上保安本部の庁舎が煌々と光を放っている。
さて、暗い海をあとにし、待望の鮨はKの情報による店。

店内に入るとテーブル席を案内されるがここはあえてカウンターの意思を表する。
すでに6人の客が座っているのだが少々萎縮してしまうような静けさなのはなぜだろうか。
昔のことだから今はどうかは判らぬが、東海林さだおの本で「小樽の鮨屋」について書かれた怖さがよみがえる。
とはいえ、旨い魚への期待で胸は高鳴るほどなのだが。



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★ 東海林さだお 『行くぞ!冷麺探検隊』

   作家・北杜夫が実際に体験した小樽の鮨屋での具体的な事柄が書かれ
   それを確かめ(?)にゆくさまが、ちょっとはらはらしながら愉快に読める
   「小樽の夜」。
   気取りのないこの名文家のこの巻には他にも「正しいハワイ団体旅行」
   「寿司食べ放題バスツアー」 「うどん王国・讃岐」 「博多の夜の食べまくり」
   など、いつもながら目に見えるような描写が実に面白い。
   添えられた漫画家・東海林さだおの絵がまた、話しを愉快に盛り上げる。




お。
皆、握りの一人前を注文しているようだ。
値段表がこの店にはあるので安心・・とはいえ、なんと一貫400円以上が大半を占める。が、ここはあえてお好みで。
まあ、せっかくの小樽の夜。ましてや初めての小樽の鮨屋だ。覚悟しよう。
さっそく握ってもらう。
ひらめ、鯖、ソイ、八角、穴子、鮪、イカ。そしてイクラに雲丹。
宗八鰈というのを焼いてもらう。箸休めにはカニ酢、カニみそ。
酒はビールから入り、ハイボールそして日本酒は小樽の「北の誉」を熱めの燗で。
白身の魚というのは何種類もあるなか、どれがどれかわからない。
でも、いいんだ俺は。
うまいうまいって食ってりゃ幸せなんだ。

勘定は心配したほどには程遠く、味も旨く、握りがあまくほぐれやすい・・・ということを除けばまあ良店ではないだろうか。
さて、札幌に戻る。

次はKの大好きな店。
その極めて奇妙な店は「アイスクリーム屋」なのだが、「まさかここにアイスクリーム屋があるとは!」と思うほどの入口。

地下店内は座ると天井に手が届くほどのまさに穴倉、もしくは炭鉱の喫飯所と言っても過言ではなく、暗いテーブルに
詰め込まれる相席は気分の良いものではない。
待つ事10分、20分、30分・・・、どれほどの経過かはもはやわからぬ頃にそれは運ばれてきた。
パフェのグラスにはラムが沈み、匙ですくい口に入れるとそれは冷ややかな綿のように溶け、これは旨い!
粗雑な盛りとは裏腹にそのなめらかな口溶けと、玉子と牛乳をすなおに感じさせる濃厚さはまさに「有り難し」だ!

やっかいな注意事項の書き並べられた紙をそこここに張り巡らす風変りな店主の近寄りがたさではあるが、この口福
ならではの繁盛ぶりなのだな。

感激に浮かれついで、すすきのをさまよい、せっかくなのだから一人前だけでも食べようと入ったジンギスカンの店では
肩ロース、もも肉、羊のソーセージ、とこれもまた感激する旨さだった。(キムチは普通)

鉄兜で気前よく油を爆ぜながら焼ける肉を頬張る。
滴る肉脂で焼けるもやしとキャベツの旨いことよ。
気が付けばあっという間に客が埋め尽くしていた赤いカウンターが何とも記憶に鮮烈だ。






図録


3月28日 (月)

サントリー美術館へ宮川香山展を観にゆく。

その時代を鑑みれば宮川香山という作家の奇想ぶりに只々驚嘆。
近年鑑賞した芸術にこれほど衝撃されたこともまた無い。
とにかく初めて知ったこの作家の劇的とも言える過剰な装飾嗜好と、常識を飛びぬけた発想そして精緻な技術に
爽快なショックを受ける。
真実の職人魂、芸術魂を思い知る。
図録の購入も久しく無かったが迷わず購入。

こうざん3

★ 写真撮影が許可された展示室での写真。

こうざん

★ 高浮彫桜ニ群鳩大花瓶

こうざん2






〇  今月は連載記事、作品掲載の二誌が届いた。
   ひとつはアトリエサード刊 『エクストラート』
   もうひとつはピエブックス刊 『幻想耽美・Ⅱ』

   『エクストラート』では今回、アメリカのすばらしい女性画家
   ブランディ・ミルンさんのことを書いたのだが御本人から
   編集部に嬉しい挨拶が届き、こちらも実に嬉しく思う。
   赤く、濃密、それでいてあたたかな幻想少女画はキュート
   だが、作家本人の強力な生命力を感じずにはいられない。

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たん

   『幻想耽美・Ⅱ』 はこれもまたすばらしい作家が数多く紹介
   されており、価格は少々高いが充実の大著である。







3月30日  (水)

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自動販売機を見に新潟までゆく。
まさしく昭和の生き残りを見にゆく。
寝台列車。
食堂車。
大手機械メーカー以外の自販機。
長い歴史を持つ喫茶店。
そういったものが次々目の前から消え失せてゆく。あたらしいテクノロジーや、効率化、合理化のためだけにすべてが
画一化(しかも恐ろしい速度をもって)の様相を呈しているのにつくづく疲れる毎日が続く。
それらについてゆけるひとたちがうらやましいよ。
そんななかKが教えてくれた新潟県にある「公楽園」に行った。




外観

★ 写真は雨のあがった翌日の公楽園。
   今回は街道側の和室だったがいつか洋室、それも田圃に面した特別室に泊まってみたい。




聞けば昭和53年にできたここは、自販機コーナー、ゲームコーナーを備えたモーテルのような宿泊施設であって田圃の
地平が見えるような只中に建っている。
その佇まいはまさしく昭和を乗り越えた威容である。
高速を飛ばすこと3時間。
あたりは闇に包まれ始め、車が激しい雨に叩かれ始めたころ到着。

さあ、中に入ってみよう。
おお、はたしてそれは立派にあった 「トーストサンド」の自動販売機!
ここで頭の中に鈴木慶一の「自動販売機の中のオフィーリア」が流れた。




トースト

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★  ハム一枚がぺろんと、マーガリンの塗られた食パンにはさまれただけ。
   それなのにどうしておいしいのか。
   いつ果てるかも知れぬ、「時代の遺物」が作ってくれた・・、というありがたみもあるかもしれない。
   「部品が無くなればそこでおしまい・・」、と、翌日、話し好きでひとの良い御主人が話してくれました。




丸みを帯びた今の販売機とは異なり、無骨な鉄の塊といった趣のそれは、それでも明るく輝いている。
お金(250円)を投入し、ボタンを押すと「トースト中」という期待感溢れる点滅をはじめ、やがて商品口に出てきた。
アルミホイルに包まれたそれはとっても熱い。
もどかしく開けると湯気のたつようなトーストが現れた。
待望のひとくち。旨い!が、それはトーストされた食パンを再加熱するためフレンチトーストのような食感だ。
だが、これはもはや別物の旨さだよな。
ハムトースト、チーズトーストの両方を買い、持ち込みのビールで、やる。
残念ながらうどん、そば、ラーメンの販売機は最近になって修復不可能(部品がないため)により、その長年の役目を終え
退役したそうだ。

さあ、今夜の宿はここの二階だ。
廊下を突き当り、九畳の和室に入りその昭和臭に卒倒しそうになる。
それは激烈な郷愁による一時的なタイムスリップとも言えた。
まさしく子供の頃の親子旅行で随分味わったものであって、この空間自体が昭和から時を経ていない証だ。
部屋、トイレ、風呂も長年、時に晒され、人に晒され、「ひと焼け、時焼け」してはいるものの、くまなく清潔にされているのに
感心した。
布団もシーツも枕カバーも清潔である。




☆ ホテル 「公楽園」

廊下

部屋

洗面所

★ 上から「公楽園」の廊下、和室、洗面所。
   昭和の旅館、ホテルその他公共施設の造作とはこういったものだった・・、とつくづく思い返す。
   いいかわるいかは別だ。好きか嫌いかだけなのだ。
   ただ、湯島のすき焼き屋、鶯谷の豆腐料理屋で感じた数少ない昭和を強烈にここでも体感
   できたことは貴重かつ実に嬉しいことだった。
 



さあ、近所に飲みに行こう。
街道沿いにあるこの「公楽園」だが、先にも書いたようにあたりは田圃以外殆ど何も無い。が、「ひゃくてん」という店がある。
ここは居酒屋と食堂を合わせたような感じ。地元の人々がさまざまな目的で使うのだろう。
料理も豊富で和食、洋食、中華と殆ど網羅している。しかも平均以上の美味しさに我々は驚く。
有頭の大海老のフライは立てる歯にさっくりと心地よく、舌を焼く揚げたての熱さ、そしてぶつりと歯切れも良い。
新鮮な刺身も熱めの燗酒によく合う。
しばらくすると入ってきた地元のおじさんがカウンターですするラーメンが妙に羨ましい。


翌日、大きな浴場でゆったりと湯に浸かった。
ここは「公楽園」ではない。
「ひゃくてん」の気の良いお姐さんに聞いた「きんぱちの湯」という宿泊施設で場所は寺泊。
日本海を眼前に臨む絶好の地にあるため、眺望は抜群であった。
広い食事処も海に面する全面がガラス窓で、明けても暮れても海原を楽しめる。
楽しめるが車なので酒は飲めない。だから楽しめない。
もう来ることができないかもしれない。
だから泊まることにする。夜、飲もう。
猫にはもう一晩先生のところで我慢してもらおう。




☆ 寺泊 「きんぱちの湯」

きんぱ

★ 三階の部屋から望む日本海。
   春とはいえ、窓からは熱いほどの陽がそそぐ。



Kの運転で無人の神社、そして港へゆく。
陽も暮れかかる港は「港湾関係者以外立ち入り禁止」とあるが、隣の汽船乗り場と公園の境があいまいなので
入ってみる。ひとは4,5人おり、釣りをする父子もいる。
イカ釣り漁船が数隻、停泊している。どれも小型船だが間近に見るのは初めてだ。
夕暮れに、たゆたうそれらはどれも無人。
日本海ならなんだろうか。スルメイカかな・・。
一列に吊るされた集魚灯。
暗い海でいっせいに灯され輝くのはさぞかし美しいだろう。
のぞき込むと操舵室にはいろいろあるなあ。各種電子機器、酒瓶(地酒の菊水だった)そして神棚。
昔の千葉を思い出し、つい足を踏み出しデッキに乗り込みそうになった。が、やめた。
酔っぱらってないからだ。それに静かに冷えがからだを包み始めてきた。宿へ帰ろう。


翌日。帰路。
関越自動車道。

ルームミラーに唐突に赤い回転灯が映り出た。
覚えがない追走をされているようだ。だが、とっさにアルコール検査器を使われることを危うんだ。
もちろん今日なんざ飲んじゃいない。前日のものが出ないとも限らないと思ったからだ。
高速道路交通警察隊の車について高速を降りるよう誘導される。
「パトカーについてきてください」
「車」のリアガラスにつけられた電光掲示板にそう指示が点滅する。

運がわるい。これで三度目だ。今度は「法定通行帯外通行」と「法定速度違反」だった。
反則金6,000円。
「期日以内に納めていただけないとここ(群馬)まで出頭頂くことになりますのでご注意下さいね」
運がわるい。
ストップメーターに速度が表示されている。
30キロオーバーを告げられたのだが、なぜかこれは今回大目に見てくれた・・。
非は認めるが、公平ではない(他の車をくまなく取り締まりをしていないということ)ことに抗議するも
違反は覆るものではない。
まあ、無事帰れたので今回の旅はよかったと思おう。
とにかく充実の3日だったことをふたりで喜ぶ。





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西牧徹/黒戯画世界

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