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にげろばくはつするぞ



                                                                 


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 『カレーライス・2』 【おかわり】  2017 6.7×5cm (ボールペン)



 ☆ 「カレーライス・2」は3点の絵をひとつの額に収める初めての試みで、上の2点で比較的大きめのメインの作品
   を挟むスタイルにしようと思っている。
   
   鉛筆作品とは違い、ボールペンの場合、描き損じは絶対に許されないので緊張と集中を要す。
   まして、この作品はマッチ箱ほどの小ささゆえ手が震える時も多々あり、根気の無い自分としては長時間の作業
   ができず、日にちばかりが経つ一方だ。 いちばん捗るのは酒を飲み終え、寝る前の作業時間。
   この時間は酩酊状態のリラックスによって、なめらかに線を引くことができる。

 
  


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                『ゴールデューム駅』  (2017)  30cm×30cm (鉛筆)

☆  未だ共感してくれるひとがいない「ソファ、クッション」に対するエロス的偏愛を描き続けている。
   今作は小説に登場する鉄道内でのワンシーンで、まだ制作途中なのだが、角型のクッションが暴力的に
   犯されている、という様をもっと過激な表現で描き込めればと考えている。




   

4月12日 (水)

半年ぶりくらいかな?
Kと沖縄へ行った。夕方5時くらいだったか、そんな時間の飛行機に乗って。
羽田に着いて、出発までの1時間弱のあいだ、イートインのある売店でKはちいさなおにぎりセット(3つ入り)
を買い、離発着する飛行機が良く見える大きな窓際のカウンターに座って俺はビールを飲んだ。

しかし、今回の行きの飛行機は随分と揺れたなあ。
そして眼下に街並みが見える時はよいが、果てまで真っ白な雲海が続くと不安を強く感じるのはいつものこと。

那覇に到着したのはすっかり暗くなった8時頃だったろうか。意外な肌寒さだ。

夜は「東大」というおかしな名のおでん屋にゆくのが今回の目的のひとつだった。
だがシャッターが下りている。
「貼り紙」を見ると9時半オープン。ええ?

話しは飛ばし、果たして9時半。
店内はあっというまに満卓になった。
カウンター4席に座敷には5つの卓で座布団は無い。なぜ無いのかはKの説明により納得。

オリオンの生ビールがこんなにも旨いとはね。
島らっきょう、豆腐蓉、ゴーヤの黒糖酢漬け、いずれも味蕾の目覚める旨さに驚いた。
おでんは大根、玉子、野菜、こんにゃくなどが大皿で来た。ここはひとつのタネが大きい。
良く煮込まれているものの、煮崩れせずのしっかりとした大根は湯島の「K」より旨いだろう。
「東大」は関東の味に近い。「K」は関西の味だから比較は愚かしいのだが・・。
泡盛は「咲元」と「国華」。
あればいいなあ、と思った「どなん」「カリー春雨」「ニコニコ太郎」は無く、残念。
(深夜、ひとりで再び訪れたときは豆腐、を頼んだのだが、まあ、その旨さは何にもたとえようがない)

翌日は「制作」のため、Kは別行動をし、俺は佐喜眞美術館へゆくため宜野湾へとバスで向かった。
天気は上々。乗客も殆どいないバスの最後尾を占める。
40分ほどバスに揺られた頃、電話がある。つつがなく制作を終えたKからだった。
美術館で落ち合うことになった。


佐喜眞美術館。
一見、気の利いた豪奢な個人宅にも見えるこの美術館。
ここは大好きな美術館だ。展示というよりはこの美術館を味わうための再訪だった。
無人のカフェでコーヒーを飲む。
誰もいないことを良いことに寝転ぶKを挟んだ大きな窓からは、ゲートボールをする地元の人々が芝生にいた。
そしてのどかで広い空。

首里に戻り、ゆいレールに乗る。(現在、那覇↔首里間のこのモノレールは、首里の先へと延伸工事の最中)
始発なので先頭座席に座れた。良い眺めだ。








中上

☆ 中上健次は初期小説と「異族」くらいしか読んだことがないのだが、この人の存在感とひととなりにいつも興味
   があった。
   この「エレクトラ」はもう、ひとつのドラマと言ってもいいだろう。凄絶なまでの小説構築への熱情と、非凡かつ
   旺盛な作家魂というものを改めて思い知らされた。他の作家は知らないが、書かずには生きておれない、宿命的
   な小説家だったのだなあ。
   殆ど一息で読み終えてしまったという、昨今、稀な読書体験を味わった一冊。




ライアン

☆ いつの日か忘れたが、ひどく落ち込んだ時があった。近頃だ。
  不安に苛まれた時に部屋に流して救われたのがライアン・フランチェスコーニのこの一枚。
  ギター・ソロなのだが、奏でられる「間」が絶妙なギターだ。
  音楽家ではないのでうまく説明はできないが、呼吸がとても楽になる。
  (無論、だからとはいえ、その時の辛さが全て解消されたわけではないが・・・)




サルトル

☆ 横積みになってる本やらCDなどの書架整理をしていたところ、懐かしい本が出てきたので久しぶりに読み返している。
   おもしろい。
   ロカンタンを取り巻く生活描写や日常体験などが、茫洋とした非現実的なものに感じられ(当時、自分はそう
   読み進めていた。)そこここに飲食物の描写が散りばめられているところなども非常に興味深く楽しい。
   「存在」とか「本質」とか「神」とかは考えずに読んでいた。
   というよりそれらを考える頭は今もって無いのだが。

   妖しい狂気すら感じるこの小説はバタイユよりもエロティックかつ夢幻的だな。
   しかし、ノーベル賞を辞退するとは・・・、すごいね。



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